新リース会計基準移行によるバランスシートの変化と対策
企業会計の世界で大きな変革となる「新リース会計基準」の適用が迫っています。これまでオフバランスとして処理されていたオペレーティングリースが、新基準では原則としてオンバランス化されることになり、多くの企業のバランスシートに重大な影響を与えることが予想されています。
特に不動産や設備を多くリースしている小売業、運輸業、サービス業などでは、資産・負債が大幅に増加し、自己資本比率の低下やROA(総資産利益率)の悪化など、財務指標に直接的な影響が生じる可能性があります。
新リース会計基準への移行は単なる会計処理の変更にとどまらず、リース契約の見直し、システム対応、経営判断の変更など、企業全体での取り組みが必要です。本記事では、新リース会計基準の概要から実務対応、さらには経営戦略的なアプローチまでを解説し、企業が今から取るべき対策を提案します。
1. 新リース会計基準の概要と移行スケジュール
新リース会計基準は、国際会計基準審議会(IASB)が公表したIFRS第16号と米国財務会計基準審議会(FASB)が公表したASC第842号、そして日本の企業会計基準委員会(ASBJ)が検討を進めている日本基準の3つが主要なものです。それぞれに若干の違いはありますが、オペレーティングリースのオンバランス化という基本的な方向性は共通しています。
1.1 IFRS第16号とASC第842号の主要ポイント
IFRS第16号は2019年1月1日以降開始する事業年度から適用されており、原則としてすべてのリース取引について、リース資産(使用権資産)とリース負債をオンバランスすることを要求しています。短期リース(リース期間が12ヶ月以内)や少額資産のリースについては例外的に免除規定があります。
一方、米国基準のASC第842号は、オペレーティングリースとファイナンスリースの区分は維持しつつも、両方ともバランスシート上に計上する点が特徴です。ただし、損益計算書上の処理は従来通りオペレーティングリースとファイナンスリースで異なる処理となります。
会計基準 | 適用開始時期 | リースの分類 | オンバランスの対象 |
---|---|---|---|
IFRS第16号 | 2019年1月1日以降開始事業年度 | リースは単一モデル | 原則としてすべてのリース |
ASC第842号 | 公開企業:2019年12月15日以降開始事業年度 非公開企業:2021年12月15日以降開始事業年度 |
オペレーティング/ファイナンス | 両区分ともオンバランス |
1.2 日本基準における新リース会計基準の特徴
日本基準については、企業会計基準委員会が国際的な会計基準との整合性を図るために検討を進めています。現行の日本基準ではファイナンスリース取引のみがオンバランスの対象となっていますが、新基準では国際的な動向に合わせてオペレーティングリースもオンバランス化される見込みです。
適用時期については、まだ最終決定されていませんが、2023年度からの適用が有力視されており、大企業から順次適用される見通しです。日本企業にとっては、IFRS採用企業や米国基準適用企業の経験を参考にしながら、十分な準備期間を確保することが可能です。
日本基準適用企業であっても、海外子会社や関連会社がIFRSや米国基準を採用している場合は、すでに連結財務諸表レベルで新リース会計基準の影響を受けている可能性があります。そのため、グループ全体での対応策を早期に検討する必要があります。
2. 新リース会計基準がバランスシートに与える影響
新リース会計基準の適用により、これまでオフバランスだったオペレーティングリース取引がオンバランス化されることで、企業のバランスシートは大きく変化します。具体的にどのような影響があるのか、詳しく見ていきましょう。
2.1 オペレーティングリースのオンバランス化
新リース会計基準では、リース開始時に「使用権資産」と「リース負債」という2つの項目がバランスシートに計上されます。使用権資産はリース期間にわたって定額法などで減価償却され、リース負債は支払いに応じて減少していきます。
例えば、年間1,000万円のリース料で10年間の不動産リース契約を結んだ場合、現行基準では毎年1,000万円の費用計上のみですが、新基準では割引計算された現在価値(例えば8,000万円)が使用権資産とリース負債として計上されます。
リース負債は金融負債として扱われるため、企業の債務比率が上昇し、財務体質が悪化したように見える可能性があります。特にオペレーティングリースを多用している業種では、バランスシートの規模が大幅に拡大することになります。
2.2 財務指標への影響
新リース会計基準の適用は、主要な財務指標に以下のような影響を与えます:
- 自己資本比率:資産・負債の増加により低下
- ROA(総資産利益率):資産の増加により低下
- EBITDA:リース料が減価償却費と支払利息に分解されるため増加
- 負債比率:負債の増加により上昇
- 流動比率:短期リース負債の計上により低下
例えば、総資産1億円、負債6千万円、自己資本4千万円の企業が、新たに5千万円のリース資産・負債をオンバランスした場合、自己資本比率は40%から26.7%(4千万円÷1億5千万円)に低下します。
2.3 業種別の影響度
新リース会計基準の影響は業種によって大きく異なります。特に以下の業種では影響が顕著になると予想されています:
業種 | 主なリース対象 | 予想される影響度 |
---|---|---|
小売業 | 店舗用不動産 | 非常に大きい |
航空業 | 航空機 | 非常に大きい |
ホテル・外食 | 店舗・ホテル用不動産 | 大きい |
運輸・物流 | 車両・倉庫 | 大きい |
製造業 | 工場・設備 | 中程度 |
例えば、大手小売チェーンでは、多数の店舗を長期間リースしているケースが多く、バランスシートの総資産が数十%増加するケースも報告されています。株式会社プロシップのような会計システムを提供する企業では、こうした業種別の影響を分析し、最適な対応策を提案しています。
3. 新リース会計基準移行に向けた実務対応と準備
新リース会計基準への移行は、単なる会計処理の変更にとどまらず、企業全体での取り組みが必要です。ここでは、具体的な実務対応と準備について解説します。
3.1 リース契約の棚卸しと分類の再検討
まず取り組むべきは、現在締結しているすべてのリース契約の棚卸しです。以下のポイントを確認しましょう:
- すべてのリース契約・サービス契約の特定と整理
- 契約に含まれるリース要素と非リース要素の区分
- リース期間の再評価(延長オプションや解約オプションの考慮)
- リース料の変動部分と固定部分の区分
- 少額資産リースや短期リースの特定(免除規定の適用可能性)
契約書上は「リース」と明記されていなくても、実質的にリースと判断される契約が存在する可能性があります。例えば、特定の資産を使用する権利を含むサービス契約なども、新基準ではリースとして扱われる可能性があるため、慎重な検討が必要です。
3.2 システム対応と内部統制の整備
新リース会計基準に対応するためには、システム面での整備も重要です。多くの企業では、以下のようなシステム対応が必要になります:
対応項目 | 内容 | 重要度 |
---|---|---|
リース管理システムの導入 | リース契約データの一元管理と会計処理の自動化 | 高 |
会計システムの改修 | 新しい勘定科目の追加と仕訳パターンの設定 | 高 |
開示資料作成機能 | 注記情報の自動生成機能 | 中 |
内部統制の整備 | 新しいプロセスに対する統制活動の設計と運用 | 高 |
株式会社プロシップ | 〒102-0072 東京都千代田区飯田橋三丁目8番5号 住友不動産飯田橋駅前ビル 9F https://www.proship.co.jp/ |
リース会計システム提供 |
特に契約数が多い企業では、手作業での対応は現実的ではなく、専用システムの導入が不可欠です。株式会社プロシップなどが提供する新リース会計基準対応システムを活用することで、移行作業の効率化と継続的な運用負担の軽減が期待できます。
3.3 開示要件への対応
新リース会計基準では、開示要件も大幅に拡充されています。以下の情報を注記として開示する必要があります:
- 使用権資産の種類別内訳と残高
- リース負債の満期分析
- リースに関連する費用(減価償却費、利息費用など)
- 短期リースや少額資産リースに関する情報
- 変動リース料に関する情報
- リース活動の性質に関する定性的情報
これらの開示情報を適切に収集・管理するためのプロセスを構築し、投資家や金融機関に対して新基準適用の影響を適切に説明するための資料も準備しておく必要があります。
4. 新リース会計基準対応のための経営戦略的アプローチ
新リース会計基準への対応は、単なるコンプライアンス対応にとどまらず、経営戦略的な視点からの検討も重要です。基準変更を契機に、資産調達方法やリース契約の見直しを行うことで、財務体質の改善や経営効率の向上につなげることができます。
4.1 リース・購入の意思決定プロセスの見直し
これまでオペレーティングリースは、オフバランス処理によるバランスシート改善効果が意思決定の一因となっていた面がありますが、新基準ではその効果がなくなります。そのため、リースと購入の選択は純粋な経済合理性で判断する必要があります。
具体的には、以下のような観点から意思決定プロセスを見直すことが重要です:
- 資金調達コストとリース料の比較
- 資産の陳腐化リスクと技術革新への対応
- 資産の残存価値と処分コスト
- 税務上のメリット・デメリット
- 事業の柔軟性と拡張性への影響
新リース会計基準の適用後は、単にバランスシート上の見栄えを良くするためではなく、キャッシュフローや税務、事業戦略の観点から最適な資産調達方法を選択することが重要になります。
4.2 契約条件の再交渉とリース期間の最適化
新基準では、リース期間の長さやリース料の構成によってバランスシートへの影響が変わります。そのため、既存のリース契約の条件を見直し、必要に応じて再交渉することも検討すべきです。
例えば、以下のような対応が考えられます:
- 長期契約を短期契約に変更(短期リース特例の活用)
- 固定リース料から変動リース料への変更(売上連動型など)
- リース契約とサービス契約の分離
- リース期間の見直しと延長オプションの再検討
- リース資産のセール・アンド・リースバック取引の検討
ただし、これらの対応は単に会計上の効果だけでなく、事業運営や契約の安定性、取引先との関係性なども考慮して総合的に判断する必要があります。
まとめ
新リース会計基準への移行は、多くの企業にとって大きなチャレンジとなりますが、適切な準備と戦略的対応によって、この変化をビジネス改善の機会として活用することも可能です。
特に重要なのは、単なる会計処理の変更としてではなく、企業全体の課題として捉え、財務部門だけでなく、調達部門、IT部門、経営企画部門などが連携して取り組むことです。早期に影響分析を行い、システム対応や契約見直しなどの準備を進めることで、新リース会計基準への円滑な移行が可能となります。
また、投資家や金融機関に対しては、新基準適用による財務指標の変化について、事前に十分な説明を行うことも重要です。新基準適用は実質的なキャッシュフローには影響しないことを理解してもらい、不必要な誤解を避けることが必要です。